2012年5月25日金曜日
去る5月19日(土)に、沖縄県立博物館・美術館にて
沖縄復帰40周年記念 「紅型 琉球王朝のいろとかたち」の関連事業で
「紅型からのメッセージを解く」と題して、シンポジウムが行われました。
日本の染織衣裳をご専門とされる、元東京国立博物館染織室長の長崎巌先生をお迎えし、
「紅型と日本の染織」というタイトルで基調講演がありました。
琉球の文様が少ないとされる紅型の文様は一体どこからきたのか・・・。
長崎先生は日本の紋織物からの可能性をお話しされました。
また、日本の公家と武家の文化やそこから生まれた能衣裳も関連付けてお話されるなど、
普段なかなか聞くことのできない講演でした。
その後、伊差川洋子染色工房主宰、古琉球紅型浦添型研究所会長であります、
伊差川先生から「浦添型復元から見えてきたこと」の発表がされました。
スライドを使って現在まで発見された浦添型裂地を見ていただき、
その特徴をお話されました。
浦添型制作の工程を(木綿栽培から始まり浦添型染色まで)簡単ではありましたが、
一般の皆さんに観ていただくことができてよかったと思います。
パネルディスカッションもとても充実した時間になりました。
私としては、先生の目指すところ、やろうとしていること、その動機が皆さんにご理解いただけたのではないかと感じています。
発表するのは先生なのですが、なぜだか見ているこちらも大変緊張しました。。。
シンポジウム終了後には、一般の方から
「紅型は絹に染めるものだと思ってました」とか
「沖縄に木綿って栽培されていたんですね」とか
「紅型のイメージが変わった」などなどお声かけいただきました。
今回の紅型展示やシンポジウムで、紅型について考えさせられた方は結構いらっしゃるのではないかと感じました。
紅型とは何か。。。。
県立芸大の名護准教授がお話された、「伝統とは精神的なものを継ぐこと・・・」ということが紅型を語る上で
欠かせないものとなってくるのだろうと感じました。
亜熱帯の気候と風土だけで生まれた染色ではないことを、私たちウチナーンチュはもっともっと興味をもって
知る必要があると思います。
紅型型紙を収集し、紅型三宗家から聞き取りを行い調査し、当時(大正15年)紅型について知りうる限りの情報を持ち合わせた鎌倉芳太郎が、
「紅型を継承するのは沖縄の人であり、それ以外のだれでもない。結局、私は本土からの旅人であり…云々」と述べていることからも、
ウチナーンチュの精神的要素が多く入っているものであることを再認識しました。
ウチナーンチュとして自覚し、また一層頑張らねば!
お忙しい中、シンポジウムにご参加くださいました皆さま、ありがとうございました。
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